東京地方裁判所 昭和42年(ワ)3786号 判決 1967年12月11日
原告 富士機材株式会社
右代表者代表取締役 千賀一司
右訴訟代理人弁護士 坂田幸太郎
被告 寺尾豊
<ほか一名>
右両名訴訟代理人弁護士 海地清幸
主文
一、原告の請求はいずれもこれを棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「一、被告寺尾豊は東京都新宿区神楽坂二丁目二〇番地一家屋番号二〇番九木造瓦葺平家建居宅一棟建坪一四坪八合七勺を収去して、被告山代一は右建物より退去して、原告に対し、それぞれ同所同番地五一六坪三合三勺(登記簿上四九七坪八合二勺)の内西方角三四坪二合四勺(別紙図面中斜線を施した部分)を明渡せ、二、訴訟費用は被告等の負担とする」との判決と仮執行の宣言とを求め、その請求原因として、
「一、請求趣旨記載の土地(以下本件土地という)及び建物(以下本件建物という)はもと訴外石田武三の所有であったが、被告寺尾は昭和二七年二月二〇日本件建物を石田武三から買受け翌二一日その所有権移転登記をなし、他方本件土地を本件建物所有の目的で石田武三から賃借した。
二、被告寺尾は、昭和二九年一月九日被告山代に対し本件建物を売渡しその所有権移転登記をなすとともに本件土地の賃借権を貸主である石田武三の承諾を得ることなく譲渡した。従って石田武三は本件土地の賃貸借を解除する権利を取得した。
三、その後本件土地は石田武三から訴外富士商事株式会社にその所有権が移転し、原告は昭和三一年六月一一日本件土地を富士商事株式会社から買受け同日その所有権移転登記をなした。かくて原告は本件土地に対する石田武三と被告寺尾の賃貸借につきその貸主の地位を承継し、石田武三の有する前記解除権をも承継した。
四、そこで原告は、昭和三八年五月二二日内容証明郵便をもって被告寺尾に対し本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、同郵便は同月二四日被告寺尾に到達した。かくて本件土地の賃貸借は同日解除せられ被告寺尾は原告に対し本件土地を明渡す義務を負うものである。
五、なお本件建物の登記簿上の所有名義は昭和四一年五月六日に被告山代一から被告寺尾豊に移っており現在は被告寺尾が本件建物の所有者であると認められる。しかしそのことは本件解除の効果に何の影響も及ぼすものではない。
六、よって原告は被告寺尾に対し、本件土地賃貸借契約解除による原状回復義務の履行として本件建物を収去して本件土地を原告に明渡すことを求める。
七、被告山代一は本件建物を使用することにより、原告に対抗し得る何等の権原なくしてその敷地である本件土地を占有しているので、原告は被告山代に対し本件建物から退去して本件土地を原告に明渡すことを求める。」
旨陳述し、被告等の抗弁に対し、
「被告両名間の本件建物の所有権移転登記が名目上のものにすぎず真実所有権を移転したものでないこと、原告が本件土地を買受けるに際し、被告寺尾が被告山代に本件土地の賃借権を譲渡したことを承認していたとの各抗弁事実はこれを否認する。被告山代が被告寺尾の実子で昭和二九年一月九日当時六才であり、被告寺尾に扶養されていたとの抗弁事実はこれを認める。被告寺尾から被告山代に本件土地の賃借権を譲渡しても賃貸人と賃借人との間の信頼関係を破壊するものでないとの主張はこれを争う。」
旨陳述し、再抗弁として、
「仮に被告等の抗弁する如く、本件建物の所有権移転登記が名目上のものにすぎず実質のともなわないものであるとしても、それは相通じてなした虚偽の意思表示であって、その無効をもって善意の第三者である原告には対抗できない。」
旨陳述し(た。)≪証拠関係省略≫
被告等訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、
「原告の請求原因は、被告寺尾が昭和二九年一月九日被告山代に本件建物の所有権と本件土地の賃借権を譲渡したこと及び原告が訴外石田武三の有する本件土地賃貸借契約の解除権を承継したとの点を除いてこれを認める。被告寺尾は昭和二九年一月九日被告山代に対し本件建物の所有権移転登記をなしたけれども後に抗弁する如く真実所有権を移転したものではない。又原告が本件土地を買受け賃貸人の地位を承継したからといって石田武三の有する解除権を当然承継するものではない。」
旨陳述し、抗弁として、
「(一)被告山代は被告寺尾の実子であって昭和二九年当時わずか六才の幼児であって被告寺尾の扶養を受けていたものであり、被告寺尾は将来本件建物を被告山代に与えるつもりでいたけれども当時直ちにこれを実行する考えはなくとりあえず登記簿上の所有名義を被告山代にかえたにすぎず真実所有権の移転を行ったものではない。
(二)仮りに被告寺尾が被告山代に対し真実本件建物の所有権を譲渡し且つ本件土地の賃借権をも被告山代に譲渡したものであるとしても、原告が昭和三一年六月一一日本件土地を買受けた当時本件土地上に被告山代所有の本件建物が存在することは登記簿に明らかであり、原告は被告寺尾から被告山代への本件土地賃借権の譲渡を承認して本件土地を買受けたものである。このことは原告が本件土地を買受けてから昭和三八年一二月まで地代を受領した事実からも明らかである。
(三)被告山代は被告寺尾の実子であり、昭和三九年一月九日当時僅か六才で、被告寺尾が扶養していた者であること前述のとおりであり、このような事実関係のもとにあって被告寺尾が被告山代に本件土地の賃借権を譲渡しても、それは賃貸人と賃借人との間の信頼関係を破壊するものではなく、解除権は発生しない。」
旨陳述し(た。)≪証拠関係省略≫
理由
本件土地及び本件建物がもと石田武三の所有であったところ、被告寺尾が昭和二七年二月二〇日本件建物を石田武三から買受け翌二一日その所有権移転登記をなし、他方本件土地を本件建物所有の目的で石田武三から賃借したこと、その後本件土地の所有権が石田武三から富士商事株式会社に移転し、ついで原告が昭和三一年六月一一日本件土地を富士商事株式会社から買受け同日その所有権移転登記をなし、これにより原告が本件土地に対する石田武三と被告寺尾の賃貸借についてその貸主の地位を承継したこと、及び被告寺尾が昭和二九年一月九日被告山代に対し本件建物の所有権移転登記をなしたこと、以上の各事実は当事者間に争いがない。被告寺尾から被告山代に本件建物所有権移転登記をなしたことについて、原告は被告寺尾が被告山代に対し本件建物の所有権を譲渡し且つ本件土地の賃借権をも譲渡したものであってこれについては貸主たる石田武三の承諾がなく本件土地賃貸借の解除原因となる旨主張し、これに対し被告等は、本件建物について被告寺尾から被告山代に所有権移転登記をなしたのは単に名義上のことにすぎず真実所有権を移転したものではなく従って本件土地の賃借権については被告寺尾から被告山代に実質的にも名目的にもこれを移転していない旨抗争する。よってこの点について考察する。≪証拠省略≫によれば、被告山代一は昭和二二年八月二七日に出生し被告寺尾の認知した非嫡出子で被告寺尾の唯一人の男子で出生以来被告寺尾によって扶養され現在日本大学薬学部に学びその生活費、学費の一切を被告寺尾が支出しているものであることを認めることができる。又≪証拠省略≫によれば、被告寺尾は本件建物について昭和二九年一月九日被告山代に移転した登記を昭和四一年五月六日に至って錯誤を原因として抹消の手続をとり自己に登記簿上の所有名義を回復したが、それはその直前に最高裁判所において、父の賃借している土地に子の所有名義の建物が建っている場合には父の賃借権は第三者に対抗できない旨の判決がなされたことから弁護士の助言により本件建物の登記簿上の所有名義を被告寺尾に戻したものであることを認めることができる。≪証拠省略≫によれば本件土地の賃料は本件建物の所有名義が被告山代に移ってからも被告寺尾が支払っていた事実を認めることができる。これらの各事実より推すときは本件建物の登記簿上の所有名義が被告寺尾から被告山代に移った後においても本件建物に対する実権は被告寺尾にあったものと認められ、被告寺尾が本件建物は早晩被告山代に与えるものではあるが登記を移した昭和二九年一月九日当時において与えてしまったものではないというならば(本訴における被告等の主張であり、被告寺尾本人尋問の結果でもある)同被告の意思を尊重するのが妥当であり、結局昭和二九年一月九日本件建物について被告寺尾から被告山代に所有権移転登記をなしたけれどもそれは名目上のことに過ぎず実質的には所有権は被告寺尾から被告山代に移転していないものと認めるのが相当である。結局この点に関する被告等の抗弁はその理由がある。そこで被告等のこの抗弁に対する原告の再抗弁について考察する。被告寺尾と被告山代は本件建物の所有権移転について相通じて虚偽の意思表示をなしたわけであるからその意思表示の無効は善意の第三者に対抗し得ないこと原告の再抗弁するとおりであるが、この場合の第三者とは虚偽表示の外形を信頼して新たに利害関係を有するに至った者を指すと解すべきところ、原告は本件土地を買受けた結果本件土地の賃貸人たるの地位を取得した者にすぎず本件建物の所有権が被告寺尾から被告山代に移転したことを信頼して新たな利害関係に入った者とは解し難く、原告は本件虚偽表示に関しての第三者ではないといわなければならない。原告の再抗弁はその理由がない。ところで本件土地の賃借権を被告寺尾が被告山代に譲渡したことを直接に肯認すべき証拠はなく、本件建物の所有権を被告寺尾から被告山代に譲渡した事実を認め得るならばこれに基ずいて推認すべきであるところ、右に認定した如く本件建物の所有権が被告寺尾から被告山代に譲渡されなかったわけであるから本件土地の賃借権が被告寺尾から被告山代に譲渡された旨の原告の主張事実はこれを肯認することはできないといわなければならない。しからば本件土地の賃借権無断譲渡を理由とする賃貸借の解除を請求原因とする原告の被告寺尾に対する本訴請求はその余の点について判断するまでもなくその理由のないこと明らかであり、又原告の被告山代に対する本訴請求は被告寺尾が本件土地上に本件建物を所有してその敷地として使用する権原のないことを前提とし従って本件建物の使用に伴い、同時に本件土地をその敷地として使用することも亦無権原使用であるとするものと解されるので被告寺尾に対する本訴請求にしてその理由なきこと前述の如くである以上、被告山代に対する本訴請求も亦その理由なきものといわなければならない。以上により原告の被告両名に対する請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 中田早苗)